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江戸後期、明治・大正期の文献・資料から興味あるものを電子化する試み
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『况翁閑話』(13)-処世の要は自分の力量を知るにあり

 世に処するには、自分の才能を明らむるが第一の要点ぞ、自分の才能を明らめたら、其一等下りたる事業を執りて安んじて勉むれば、安泰にして結果を全うすることを得べし、世の終を全うせざる人、又は事を執りてやり損(ソコナ)い世の笑を招き、甚だしきは百年の後ち識者に筆責せらるゝ者は、皆此自分を知るに暗くして自分の力量にあまる仕事を企てたり執たりするからだ、併し自分の才能を知るということが、頗る難い事である、吾輩の如き凡物ですら、時たまには、時事を傍観して、若も吾が国務大臣たりしなら、此(コ)うはしまいに、彼(アア)しように、などなど、十方十轍もない夢の如き事をば考え出す事が度々ある、況んや政事家と自称し、大臣の夢を夜々(ヨナヨナ)借家一と間に夢みる輩や、自分の力量が計られないのも尤もだ、併し自分で計られなければ、他人に計りてもろうが第一だ、他人に計りてもろうには、別に頼むにも及ばぬ、他人が推すままにまかせ、大臣にするというたらなるがよし、又等外にするというたらなるがよし、身を進むことに付ては自ら運動したり、又自ら請願したりして、位置を求むるというが、最第一の大過ちだ、他人まかせにすれば決して一段高くは購(アガナワ)ぬものだ、拙者などは、他の事は大間抜だが、此点に至りては、聊(イササ)か悟る所があり、いつでも他人の進めらるる時でも一度も二度も辞退に辞退をして、夫から御受をしたから、円満辞職も出来たのだ、北條時政や泰時が、鎌倉幕府の執権に甘んじて世を終えしも、蓋(ケダ)し自分の力量より一等下段の事に甘従したるものならざらんや。

 評曰、先生蓋し老子を解する事深かるべし、此談話に於て之を推知す、末項、北條氏を論ずる如き、僅に二三行の文字、史家数千言の論説を尽す。

(注)十方十轍: 四方(東西南北)、四隅(四方の中間)に上下の十方向、その方向に通じる十の轍(ワダチ)
(注)政事家: 政治に関わる人。政治家と異なるところに意味があるのか。 それとも、この言い方が当時としては一般的だったのか未詳。

 さて、評者の謂う老子との接点、何処にあるのか。 浅学にして思い至らぬ。 自分の才能の限界を知ることは肝要だが難しい。 上を見れば上のその上があるものだ。 限界を知るどころか、挫けそうになる。 よく自分の主張がないと言われるのだが、そりゃあ、そのはず。 考えた揚句の果てに、もう誰かさんが考えていた事を知るのである。 こうなると敵愾心も生れるが、自分の無知も知るのである。 そこでメゲタ(広島弁)のでは、様にならない。 また上を見る事になる。 結局は、その上に甘んじるとは言いたいが、ナニクソと反対のことを考える。 よし、奴さんもここまでは、と儚い自信で復愚考。 どうも、世の中無限地獄であるようだ。 同じ事の繰返し。 そこで、人探しが始まるのだ。 士は知る人の為に死す、とまでは言わないが、人との出会いを待つのである。 「処世の要は自分の力量を知るにあり」と况翁は言うが、処世の要はどうも人との出会いにあるようとは、愚生日頃の思いである。

 序でに。 医科大学時代、留学の話が持ち上がる。 しかし、况翁は辞退している。 その理由に附いて、『懐旧九十年』で次のように述べている。 少々長くなるが引用する。

 「今日、我が医界の焦眉の急は、一日も早く数百の新方医を成業させて、全国に配置し各藩県の知見を開かなくてはなりません。 この急務に処するの任に当たるのは、恐らく私を措いて他にないと自任します。 私は今留学したならば、一身の栄誉は必ず期せられ我が医学に進歩を齎らし得ましょう。 しかし、それよりも、今出かけることによって我が医学に遅滞を生ずる虞(オソ)れの方が大きくあります。 上におらるる先輩の方々は、これを妄大な自負とせられるならば、何をかいわんやであるが、もしこの点に着眼せられなかったのであれば再考願いたい、と御断りしました。」、とある。

 また、軍医総監を退官した後、森鴎外を始めとする軍医達が銅像を建てたいと申し出る。 しかし、一旦は辞退するのだが、師である松本順(良順)の銅像も立てるのであればということで、軍医学校校内に「松本先生の胸像の下に、私はその左側に立っている」銅像(寿像)が建てられた。 因みに、この作者は、多くの胸像銅像を制作したことで有名な同郷の武石弘三郎である。

 こうした背景を考えると、今回の話題にも一味加わるのではないだろうか。

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