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江戸後期、明治・大正期の文献・資料から興味あるものを電子化する試み
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『况翁閑話』(10)-戦時傷者死者に彼我の別なきは其由来遠し

 戦時に彼我の別なく負傷者を救療するとか、病兵をば局外の者に看做すとかいう事は、余が創意なる日本赤十字社幻燈演述に述べし如く、我国にては、遠く、神后皇后の征韓軍令に揚げられ、又西洋にては「敵負傷するや我兄弟也」との格言は羅馬(ローマ)人の言なり、故に千八百六十四年八月二十二日に締結せられたる赤十字条約は、古来の良習慣を公法にせしまでにして、此事業を創始せしにはあらざる也、近日も高野山に登りて二の近證(キンショウ)得たり、其一は文治二年四月廿二日付後鳥羽天皇の綸旨にて、其文に「平氏滅亡せしむるの処、自己逆心のためと雖(イエド)も且遺恨を含まんか、其怨霊を宥(ナダメ)る為に法要すべし云々」とあり、其二は慶長四年に島津忠恒が建立せし石碑にて、其文中に、朝鮮国にて討取たる朝鮮兵及明兵並に身方の死者の菩提を弔うの語あり、以て知るべし、古より戦時に於て傷者死者に対しては彼我の別を立てさりし事を。

 評曰、先生常に曰、東洋道徳四海学芸と亦此意。

(注1)日本赤十字社幻燈演述: 国立国家図書館デジタルアーカイヴに『赤十字幻燈演­述の要旨 ­石黒忠悳述­ 3版』が登録されている。 (原資料の出版­事項: 日­本赤十字社­ 明30.­3 189­7) インターネットからも閲覧が可能。 私事だが、赤十字安全奉仕団柏崎分団に所属しており、昨年、地元の新潟産業大学の学園祭に参加した折、この一部が赤十字のプレゼンテーションに収録されていた。 現在でも、この史料はかなり使用されているのだろう。
(注2)敵負傷するや我兄弟也: このローマの格言、探してみたが見つからない。 ご存知の人があれば、ご教授下さい。
(注3)島津忠恒: 初代薩摩藩主。

 特にコメントも無い。 ただ、先日、石黒忠悳の出身地である現在の小千谷市立図書館に、文献資料に付いて問合せたところ、ほとんど無いと云う話しに驚いてしまった。 石黒忠悳は、立身出世後も、郷里に対する思いは強く、多くの同郷人を援助している。 確かに、生れは現在の福島県(旧伊達郡梁川)だが、『懐旧九十年』を読むと、信州松代の佐久間象山を訪ねた時、自分の12代の先祖・石黒左近忠理(タダミチ)が上杉景勝から拝領した刀の鍔に刻む文字揮毫を願い、佐久間象山も、自分の先祖も越後の勇将・齋藤下野守なのだから、共に先祖が上杉氏に仕えたのだと聞き、19歳の忠悳がそれを喜んでいる様子が伝わってくる。 『懐旧九十年』には、越後に対する郷土愛を窺えるところが随所にあるのだ。 もっと、地元でも見直されることを期待したい。

Best regards
梶谷恭巨

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1947/05/18
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