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江戸後期、明治・大正期の文献・資料から興味あるものを電子化する試み
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第二回

 畳数にて申さば、凡(およ)そ十二畳ほどの座敷にて二階の巽角(たつみかど)。 尤(もっと)も外部(そと)は煉瓦造の西洋家(や)なれど、内部(うち)の造作は西洋三割日本六割支那一割と云う折衷主義にて、即ち主人の居間なり。 水戸マーブル(茨城県真弓山産の大理石「寒水石」、水戸藩の御用石だったそうだ)の爐板(マントルピース)の上に薩摩焼の花瓶(かへい)一対を左右にならべ、(牡丹の花盛りに蝶が舞い遊びたる横浜仕込の絵付なり)、中央には瑞西(スワイス、スイスの事)名物の置時計。 焼附の水金はピカリピカリ(繰返し記号)と硝子(ガラス)の覆(おい)の中に光ったり。 其側(そのそで)に白水の小箱を萌黄絹真田(真田紐の事)の十文字に掛ったる侭にて載せ置たるは、其中なりとも知らねども、大かた昨日懇意のものが京都土産に持参したる道八の急須に非ずんば、是れ今春の近火に世間の附合で、據(よん)どころ無く恵恤金(けいじゅつきん、義捐金)を出したる賞として、先日区役所の手を経て賜わったる木杯一個なるべし。 唐木縁の姿見(鏡の事)は硝子(ビードロ)板薄くして、且つ扁(ひずみ)たりと雖(いえど)も、出処正しき競売(オークション)の古物なり。 縫箔(ぬいはく)したるテーブル掛は品柄あまり結構ならずと申せども、敢て博覧会の残品には非らず。 机の上に多数を占めたるは日本帳面に西洋薄冊(ノートの事)。 其外は諸銀行会社の報告書にて、黒塗皮銀金(ぎんかな)ものの提包(カバン)の陰より半身を現わしたるは、何事につけても主人が第一の顧問と頼める広島算盤(広島算盤または芸州算盤は江戸時代辺りから有名だったが、次第に雲州算盤にシェアを奪われていった)なり。 硯箱の傍(わき)に堆(うずたか)く積みたるは一目にて出入の仲買より毎日送り越せる相塲(そうば)付とは知られたり。 壁に掛たる応挙(丸山応挙)の画幅は東京仕入なれど三級(どういう意味加)の涙を昇る程の勢ある鯉とも見えねど、朝日を避けたる窓掛の織物は古物(ふるもの)ながら金糸の色は燦然(さんぜん)たり。 主人は年の頃、凡(およ)そ五十三四と覚(おぼ)しく、頭は半ば禿て昔の名残を留め、背(せい)は頗(すこぶ)る低く、お負(まけ)に肥ったれば、洋服には向の悪い体つきなり。 顔の色は黒々と油ぎったれぞ、揉上(もみあげ)より顳顬(こめかみ)に掛けて生(はえ)たる白鬚(しらひげ)をば一しお白く見せ、眉の太く長きは有がたき和尚さまの如く、眼の小さくて深く窪みたるは田螺(たにし)に、さも似たり。 眼尻の下ったると横鼻の広がったる所は色情の濃そうなる。 相されども夜具の袖の如き唇を固く結びて、益々其面(つら)を三味線の胴の如く角ばらせたるにて、拜金宗(はいきんしゅう)の先達なること、まがう方なければ、人情に牽(ひか)さるゝなどと云う弱みは二十年来、曾(かっ)て之なき欲には無類の剛の者。 五時三十分ばかりなる黒色薄羅紗(うすらしゃ)の上衣(マントル、マントの事)に、同じ色の胴着(チョッキ)を着し、鼠縞(ねずみじま)の大股引のダブダブ(繰返し)したるを三寸短に穿(は)き、其下より赤白ダンダラの履足袋(くつたび)を立派(りっぱ)に顕わし、銀座出来の上履(うわぐつ)をはき、向島製のペルシャ皮もて張たる大椅子にドッカともたれ、原来(もとより)流行物は嫌なれど、襦袢の襟(えり)と袖口は倹約なりとて、白ゴムを用いたるに引替て、金鎖の重たげなを胸にかけ、大なる金時計がシラリとチョッキの隠から龍頭を出したるは、甚(はなは)だ以って不似合なれど、是も抵当流れか到来物ゆえ、據(よんどころ)なく所持するなるべし。 銀縁の眼鏡を掛けて今朝の物価新報を手に取り、相塲の部を暫らく睨み詰たりしが、ニッコリ笑て振返り、時計を見て、モウ十時十五分になるに、まだ寄付の相塲が来ぬはどうだろうと独り呟きたるは、昨日(きのう)から郵船株の上りに余程の利か買玉に乗ったる喜びとは、蠢(うごめ)く小鼻に現れたり。
 折から此家の下女は名刺(なふだ)を手にもって入来り。 旦那様、このお方が昨日西洋から帰りました。 ご在宅ならが一寸御目に掛りたいと、お玄関へお出でで御座いますと、差出したる名刺(なふだ)を主人は手に取って見るに、表は西洋字でクシャクシャと印刷したるに、裏には行書にて清水潔とは記したり。 ハテナ清水潔・・・・・・・・・・潔と首を傾げて考えしが、ムヽあの清水の息子かと、其人が分ったと見えて、眼鏡の上から下女の顔を見て、コレ初や、其お方を表の西洋座敷へ、お通し申して、只今お目に掛りますと申せと言附け、夫(そ)から田村の真鍮張銀吸口の烟管(きせる)を取り、雲井の烟草(たばこ、雲井は常陸国那珂湊の女郎、その彼女が好んで吸ったのが常陸産のたばこ、常陸はブランド「水府葉」で有名だった。)を鄭寧(ていねい)につぎ、スウスウ云うまで二服ほど吸って、コツコツとはたき、表座敷へは向いたり。 抑も此主人と云うは郡樫蔵とて元は江州八幡在出生(しゅっしょう)の賎しき者なりしが、三十余年前に東京来り、痛く流浪したりけるを清水の父が其辛抱強さを見出して数ヶ月ほど自分の内に置て手代に使い、夫から世話して或る会社に住込ませたるに、三四年の後に給金の余りや内証で稼いだる小金を資本(もとで)に小商(こあきない)を初めたれば、清水の父は更に数百金を出し、有る時払いの催促なしと云う事にて、無証文で貸し与え、其後も度々融通して助けたる程に、樫蔵は段々都合よく、最初は五両一歩三月縛(しば)り、礼金一割、手数料五分と云う酷(ひど)い金を貸して取り付き、後には相応の身上となり、株の上りや米の下りに利運を占め、今では立派な身代。 世間の附合には風下にも置かれぬ人物なれど、何をいうにも金のあるのが其身の強み。 日本橋では指折の高利貸。 旦那々々と立てられて、先ず紳士の列に数えらるゝ人物なり。
 下女の案内につれていま、郡が表座敷に通ったる清水潔は、即ち前回の旅帽(りょぼう)先生にて、年の頃、一寸見には三十六七に見ゆれど、年ごろ苦労をした故か、年よりは、ふけて見ゆれぞ、実は三十三四ぐらいなり、髪は黒く多き方(かた)なるを、ワザと短く切りたるは、永の旅行に斬髪が面倒なと暑気の折から頭を洗うに便なるが故なるべし。 眉は地蔵眉にて女の様なれど、眼は太く涼やかにて、才智の勝(すぐ)れたるを表(ひょう)し、鼻筋は通って高く、口元は男には惜いものと云う程に締(しまっ)て小さく、唇薄く歯ならびよく、顔形は先ず丸(まろ)き方にて少々下豊(しもぶくれ)なるが、髭は鼻の下のみ生して其外は綺麗に剃(す)ったれば、其痕(あと)青みたり。 色は一体白き質なれども、顔と手先の少し黒みたるは、道中の炎天に焦(やけ)たるゆえと思われたり。 背(せい)はスラリと高く肉も相応にあって、よい恰幅。 女好のするよりも、孰(どちら)かといえば、男好のする人品骨柄なり。 黒羅紗のフロックコートに同じチョッキを着(ちゃく)し、中形の金時計を打紐(うちひも)にてさげ、縦縞の股引、黒靴、白襦袢(シャツ)の釦鈕(ぼたん)、襟飾りまで、すべて目に立たぬ恰当(かっとう)らる拵(こしら)え。 但しコートには、赤い略紐(りゃくじゅ)を結び、襟には金のメダィルを懸けたるは、是なん外国にて勲章を賜わり賞牌(しょうはい)を贈られたる標(しるし)とて、一際その品格上げたり。 座敷に通りて小さき椅子に腰うち掛け、主人の出て来るを待ちたるに、程もなく出来(いできたっ)たるは、郡樫蔵。 ナニカ横柄顔に挨拶をなし・・・・・・・・・フー、ナル程貴君(おまえさん)は清水さんの御子息だナ・・・・・・・・・・十五年の間洋行して・・・・・・・・・・・是から身と立る事を工夫でねばならぬと・・・・・・・・・・・・・・貴君(おまえさん)の御器量なら屹(きつ)と瞬く内に立派な御出世が出来ますヨ。 御受合だなどと世事ダラダラに返答はすれど、中々世話などしようと云う心の更に無い事は、口は言わねど目が言へば隠せと、色の顕われたり。 清水は郡が親のなじみと云うにつけ、昔なつかしく思い其身の事を打明て物語りしが、今その物語と其身の素性を手短に引絡(ひっから)めて申せば先ず左の如し。
 当に「草紙」の感あり。 今までに、福地桜痴の文章を読む機会が無かったが、これは復と無い往き合せ。 旧漢字、崩し仮名には苦労もするが、読んでいて飽きが来ない。 江戸の草紙に明治の気配、何とも不可思議な文章である。 明治の時代背景を知らねばならぬと始めたことだが、この文章は、全く違う側面を見せてくれる。 「戯著(ざれがき)」とは、よく言ったものだ。 この人物描写の妙なる事。 尤も、「妙」の半分は、奇妙の妙に違いない。 同じ漢句に異なる読みや、読み下し文かと思えば、カタカナの英語の登場なのである。 ミキサーに、漢文と和文と舶来単語をごちゃ混ぜにして、一気に回し、文明開化の香り付け。 チェスタートンも真っ青になる。 考えてみれば、今の若者言葉にも、同じことでも起っているのか? いやあー、こりゃあ考えなければ、いけません。
 真面目に一言。 読まれる方は、カット&ペーストで、別のファイルに纏める事を奨めます。 尚、文中()内黒字は原文中のるび、赤字は筆者の注釈。 以降、出来るだけ注釈など加えたいと考えている。
 

Best regards
梶谷恭巨

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