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江戸後期、明治・大正期の文献・資料から興味あるものを電子化する試み
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第五回

 さしも十余年が其間、欧洲に留学して世の酸苦をも嘗(なめ)たれば、生れ故郷の日本に帰りなば、功名富貴は手に唾(つばき)して得べしと思いたる清水は、此の三四週間の経歴に、東京の社交を一と通り見物いたしたるが、事々物々思の外のと、のみにてありき。 尤(もっと)も西洋に居たる時にも日本では斯くあるべしとは兼て推量したれども、まさか是程とは思わざりき。 上流の部人士には特有の性質と知れたる君子国の名物日本、一手捌きの徳義は、斯く腐敗したりとは思わざりき。 江戸っ子の侠(いさ)み膚(はだ)と云われて三百年間養成したる義侠の気風は、僅かに二十年か三十年間に其痕跡を絶(た)たんとは思わざりき。 義理にも人情にも構わず己れさえ都合よければ何でもすると云う事が開花の当世風なりとは思わざりき。 御髯の塵は積らぬ先に払い、閣下の高諭敬服仕(つかまつ)ると竈にも媚び奥(おう)にも媚び以て栄達の道を計るが、世上の欣羨(尊敬し慕うこと、うらやむこと)する所なりとは思わざりき。 不景気な顔色を持ちながら美人を気取り無闇に男子に向って横柄なるが女権の伸張とは思わざりき。 何事もかごとも皆思わざる外の有様に打驚きては且つ嘆息せしが、ナニモ是しきの事に恐れて男子たるものが其の宿望を空しくすべき、固より覚悟の上なれば、艱難辛苦を凌ぎ通して目的を達するに何かあらんと思い直して、勇気を鼓舞したれども、其の内心の底の底を窺へば、第一等の甲鉄艦が目ざす港に攻め込むに当り、水雷の海中に埋めあるに遭うたるが如きに相違なかるべし。 是にても己(すで)に清水は前途の遼遠なるを覚えたるに、茲に又其心に蟠(わだかま)りたる一種の苦労は叔母のお賢と従妹の乙女が事なり。 東京に帰りてより二十日余り、清水は諸方の知人を朝野の間に尋ねたれど、其話とては、お世事に非ずんば、則(すなわ)ち大法螺ばかり、口と心の裏表、それを誠と思ったら瓢箪から駒、壜子(ボットル)から虎が出ようも知らぬ危(あぶな)い境界。 その席を退(たちの)くごとに、アヽ先ず宜(よ)かったと、ホット太息(といき)を吐(つ)く計りなれば、何会何社に赴くとも、心底より面白いと思う事なく、真に打解けて飾りなしの話とては乙女母子(おやこ)に会うとき計りなり。 然るに乙女母子が朝夕の煙(けぶり)を立兼(たてかね)るを見るにつけ、清水は益々不便の念を増し、何とかして其苦現を助けたきものと諸事の相談に與(あず)かる中に、乙女が姿色(ししょく)と云い才芸と云い申分のない娘ぶりに心を動かし深く恋慕の情を添たり。 一体ならば恋に焦がるゝ思をば押し包んで、穂に顕さぬが男の嗜みと云う筈なれど、清水は中々左に非らず。 恋は曲ものとは誰か言いたる不当の邪語なるぞ。 夫れ恋は高尚なり、優美なり、愛情の由て感発する所なりとて、茲の丈を打明(うちあか)して口説(くど)きたれば、乙女は恥らいながらも素より憎からず思いたる潔が望、ナニガ扨(さて)貴君(あなた)さえお宜しくばと真赤になったる色よき返事。 ソレナラ叔母に相談と出掛けたるに、叔母は娘が為には此上もなき結構な事なれど、卿(おまえ)さんは立派な清水の本家、此方は今は裏店住居(すまい)、提灯に釣鐘、合ぬは不縁の基ね。 御互(ごたがい)の為になりませぬと断られ、失望の至りとはなりはてぬ。 去れども根が当人同士、好き好かれたる中なれば、お袋が少々不承知でも、何の差支あるべき、ソンなら貴君がお身の有附が出来た上は、其時こそ立派な夫婦、夫までは何年たつとも、仇(あだ)な心は御互に、出しはせじと誓つゝ、深く行末を云い替(かわ)したり。

 サア斯うなると乙女母子の裏店住居は甚だ以て清水が心中に安からず、如何(いかで)して是を救うべきと、兎つ追つ手段を考えしが、或る日の事なりき、清水は乙女母子を音信(おとづ)れ、容(かたち)を改めて申けるは、時に乙女さん卿(おまえ)さんには兼々(かねがね)伯父さん(潔が父の金作を云う)から遺物(かたみ)を下されてあるによって今日改めてお渡し申すとて、懐中より紙に包みたる一品を取出し、書替の手続は私が直に致して上ましょうと述べたり。 乙女は何品にやと怪しみつゝ、母のお賢と共に包を解て見れば、コハそも何(いか)に整理公債額面七千円の証書、清水潔と記名の品、お賢はあきれて暫し清水が顔を見詰しが、潔さん卿(おまえ)さんは我等母子をば貧乏と侮って馬鹿にする気か、此の公債が何の遺物(かたみ)で御座ろうかと、開き直って証書を押し返したり。 清水は、イヤイヤ戯談(じょうだん)でも無く馬鹿にも致しませぬ。 実の所は父が亡なって後に用箪笥を改めますと、兼て認(したた)め置たる書置の遺言状が御座って、其中に金七千円は我姪乙女へ遣(つかわ)すべし、但し当人十七歳に相成るまでは潔これを預り置べしと認めて御座りますれば、則(すなわ)ち父より乙女どのへ遣しまする遺物(ゆいもつ)、たしかにお請取下さりませイ。 左様で御座いますか、併しそんならナゼお父さんが御隠れなすった時に、其事を御披露下されましなんだか。 夫は卿さんの御都合とした所が夫程の訳なら、どうぞ其遺言状を拝見が致しとう御座る。 御尤もでは御座いますが、其遺物(ゆいもつ)の事を直に披露いたせとは書て御座りませぬから、今日まで猶予しました、且つ其時直に申さぬのが行末を考えたる父の所存に叶ったかと存じまする。 又其遺言状は外に他見を憚りまする義も認めて御座いますれば、お目に掛る事は御免を蒙ります。 そう有ては愈々(いよいよ)疑わしゅう思わるゝ、設(たと)い其日の暮しに困ればとて理(わけ)もないのに大金を甥より貰い受る事は致しませぬと、飽まで受(うく)る色なければ、清水は深く其潔白なるに感じ入り、誠にお立派なお心だて恐入って御座います。 去ながら父の遺言を達しませぬは不孝の恐れ、良しまた遺言状を見ぬとても、伯父の財産を遺物に貰うのは姪の身では当然(あたりまえ)、すでに七年前に定まったる遺物、相続法に照しても左様で御座ります。 父の財産を其子一人で総領いたし、甥姪に分領させぬと云う法は決して無い道理、但し狡五どのへは何とも父より遺言が御座りませんから、左様御承知下されいと、理を尽して諭したれば、お賢乙女は倶に嬉し涙にくれ、コレ全く潔が計いにて態(わざ)と父の遺言なりと申し做(なし)て、其財産を分配せるに違いなし、抑(そもそも)潔が父が不慮の禍に其身を果したる時に、夫(おっと)の山四郎どのが身代を掻回(かきまわ)したる怨(うらみ)さえあるに、其怨をば恩をもて報うる事の有難さよ。 併し此七千円は潔どのよりお預り申たる心得にて大切に致し決して遣い減しは致さぬ、まさかの時には何時でも卿さんの品だから取てお遣いなされよと申述べて受納したりける。 是よりして乙女母子は駿河台の辺(ほとり)に引越し、乙女は女子高等学校に通い、専ら勉強したり。 原来(もとより)子供の折に普通の教育を受け、殊に歌舞音曲の事は天性の長所ならば幾ほども経ずして第一と評判せらるゝ様になりぬ。

 以上、第五回終了

 今回も特に帰すことは無い。 ただ、ルビが振ってあるとは言え、同じ漢字を様々に読ます所など、当時、漢字の読みや送り仮名、句読点などの文法が標準化されていない状況を知ることが出来る。 また、読者層がどのような人たちであったのか、書誌情報だけでは解らないが、作者・桜痴のように、先ず漢文を基礎とした文化と、江戸時代既に識字率が世界一だといわれた庶民の仮名文化とが入り混じって、こうした文体が生れた、あるいは標準化の過程にあった事が伺える。 このように考える、言語が生き物であると感じるのだが、逆に言えば、それだけに標準あるいは基礎の重要性を痛感する。 先日、NHKBS1で、中国における繁体字復活に関する討論を放送していた。 インターネット投票による視聴者の投票結果は、繁体字の復活に反対が圧倒的多数だったが(反対約70%)、文字は単なる道具であるとする政府見解に対して、四千年の歴史あるいは文化を継承することは、文字が単なる道具ではなく、その表す所の心、あるいはコミュニケーションそのものを意味すると主張した繁体字復活派の意見には、感じるところ大であった。 因みに、この復活論を唱えた学者は、東京大学で学んだと云う。 これは伝聞に過ぎないが、現在、中国の古典籍が最も多く残り、最も研究が進んでいるのは日本なのだそうである。

 

 明治維新後の廃仏毀釈などの外来物排斥運動で、多くの美術品などが海外に流失したことは知られているが、多くの漢文古典籍が、中国に買われたという事実を知る人は少ない。 その後の動乱で、それさえも失われ、第二次世界大戦後、復、同様な状況が起る。 例えば、司馬光の『資治通鑑』などは、2000万円の値が付いたと聞いたことがあるくらいだ。

 

 数年前(もっと前かもしれない)、歴史的に漢字を使った国の学者が集まり、名称は忘れたがフォーラムが開催され、その一貫として、漢文小説プロジェクトが開始されたと云う。 因みに、参加国は、中国、台湾、韓国、ベトナムではなかったかと記憶する。 その中の一書に、柏崎の藍澤南城著『啜茗談柄(せつめいだんぺい)』がある。 越後奇譚集とでもいうべき本だ。 海外に紹介された数少ない日本漢文小説だ。 日本では、2001年に発刊されたが、既にプレミアが付いているようである。 憶測に過ぎないが、先のTV討論の話を考えると、フォーラム自体先細りしているのではないだろうか。 尚、漢文小説で謂う「小説」とは、叢書あるいは文集というような意味らしい。

 こんな事を考えると、古書・古本の電子化の必要性に思い至る。 『あおぞら文庫』の活動に、その意味でも、共感と賞賛を。 強いて言えば、この活動が、地域の歴史に及べばと思うのだが、果たして現状は如何なるものであろうか。

Best regards
梶谷恭巨 

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