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江戸後期、明治・大正期の文献・資料から興味あるものを電子化する試み
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(17)人巧はとても天巧に勝たず

 我々人類は、自分免許とはいうものの、人は万物の霊などと称して、宇宙間に二ヶつなき霊妙達智の性を具有し居り、おさおさ天巧をも奪うに至るべしなどと思い居るは、人も吾も皆同じ、総て他人の工風して造りたる物、又は研究したる事を見聞して、其欠点を見出し之に改良案を加うる等は、随分容易のものなるが、之に反して天地間自然の成規所謂(イワユル)彼の天巧即ち天然に比すれば、人智は何ともいうべき様なき浅薄なるものなり、然るに世間には人事を尽して天明を俟(マ)つではなく、人事を尽して天命を増すだなどと唱え、又今にても或る一派の人々は、此分にて学術進歩し行かば、千万年の後には、何事も人巧にて作為し得て、完全無欠の世界となし得べしなどと思うはいかがあるべきか、予の考えには、とても人巧というものは一毫も天巧を増損し得べからざるものなりと思う、其一例は人の顔面なり、余は見らるる通り幸に全身何所(ドコ)一所不具の所なきも、六歳にして重き疱瘡(ホウソウ)に罹り、父母の劬労(クロウ)にて幸に一命は助りしも如此痘痕顔(アバタガオ)となり、故に若き時より今日に至るまで、どうか少しも美男美貌になり度(タ)しと、其妙法はなきや、奇術はあらざるかと、常に心配そたりしが、今に見出さざりし、そこで近日ふと考え付き、此の如き小修飾では、天神若し余に天下の人の顔面をして自由に変造改善するの権能を假(カ)されなば、いかに改善すべきやとの考案を立て、新柳二橋の美人の写真、若しくは有名俳優の写真、若しくは所謂大政治家大豪傑方の写真等を、勧工塲にて平均一銭五厘づつにて請求し一覧して種々考えたるも眼を堅(竪の誤りか、タ)てに直すこともならず、耳を増することもならず、到底一点も改造すべき箇所を見出すこと能わざる也、於此(ココニオイテ)か人巧は僅(ワズカ)に天巧の百万分の一を補うも、決して其幾分を足すに足らざるを悟れり、世間改良改良と唱道する声、顔面改良案あるや否や。

 評曰、廿世紀の今日学術の進歩著く電光暗を照して日夜なく火力船車を走らせて遠近なし然れども一の天巧を補うに過ぎず況や其他の浅河の学を衒(テラ)うて世を軽視する輩に頭上の一針。

 マスコミ批判とも取れる一言。 確かに、人巧を衒うのが今の世の中。 何でもかんでも権利を主張し、恰も、先人の叡智を我が物の如くひけらかし、天巧の恩恵を忘れてしまったの感がある。 環境問題さえ、今や市場を形成し、利に基いて、自然を測る。 さて、その理は何処へやら。

 余談だが、夏目漱石も痘痕顔を気にしていたようだ。 どうも、明治人を考える時、疱瘡に関する視点を変える必要があるようだ。 意外な側面が見えるのかも知れない。

Best regards
梶谷恭巨

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1947/05/18
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