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江戸後期、明治・大正期の文献・資料から興味あるものを電子化する試み
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(19)-忠告も注意せざれば肯綮(ケイコウ)に中らず 附海老蔵の茶碗

 平田篤胤が嘆息して、明者(メアキ)千人盲者(メクラ)千人の世の中とは昔の事、今は盲者千人明者一人の世の中だというたのは、百年昔の事で、今は、盲者千人盲者千人で、明者は一人も無いというてもよいかろう、盲者に対しては、夫(ソレ)相応の事でなければ分らない、况(イワン)や専門の事など自分が分らないくせに、他の専門にまで口を出して彼是いうには実に困る、昔年聞て覚て居る一つの話がある、昔年俳優の市川海老蔵は、当時有名の名優にて、少年の時より江戸の豪商鹿島の隠居に頗(スコブ)る贔屓にせられたが、或時芝居にて、紫藍瀬(キランセ)の服紗(フクサ、袱紗)にて、墨楽焼の茶碗を捧(ササ)げ、「御家の重宝井戸の茶碗」という口上を高らかに述べたりしに、鹿島の隠居是を見て其夕海老蔵を招き、貴様は茶道には随分熱心なるに、楽焼の茶碗を捧げ持ちて、井戸の茶碗とは何事ぞや、数千の看客中茶道を心得たる者何人もあるべく、海老蔵が楽焼の茶碗とは何事ぞと、定めて笑われし事なるべし、此後は必ず心付けよと注意せしに、海老蔵からからと哄笑し、御隠居様は茶道には明かだが芝居には盲者だ、拙者とても年来茶道は稽古したから、楽焼の茶碗と井戸の茶碗は、丸で違う位の事は、千も百も承知なれども、数千の看客中に真に茶道を学びし人何人かある、百人に一人か五百人に一人なるべし、さて茶道を知らぬ人は茶の湯の茶碗は無きものと思い居るなり、其前に向いて真の井戸の茶碗を捧げば、海老蔵は気でも違うたか、猫の皿を茶の湯の茶碗なだどと高呼わりするといわるべし、芝居道で、茶人の御注意は御無用なりと断わりしことありと聞けり、誠に如此場合少なからず、余も度々如此門違いの忠告を受けしこともありしが、併し此海老蔵の話を聞しより、大に悟る所ありし也、只海老蔵と違うのは、其門違いの注告を受ても、反拒せずにはいはいと受て居る、そは海老蔵よりも、少々多く読書したせいだ。

 評曰、他に忠告するに軽々容易なるべからず、又他より忠告を受るに薄かるべからず、此一篇よく其旨を悉(ツク)す。

(注)市川海老蔵: 八代目・海老蔵(18451886)の事か? 歌舞伎の知識が無いので、詳しい事は判らないが、七代目は襲名したが舞台に上がらず死去、六代目は、後に八代目・市川団十郎を襲名しているので、况翁は団十郎と書くだろう。 また、五代目ならば逸話も多いので、五代目かも知れないが、後に七代目・団十郎を襲名しているので疑問。 詳しい方があれば、ご教授願いたい。
(注)豪商鹿島の隠居: 酒問屋・両替商の何代目かの鹿島屋清兵衛の事か? 昭和38年、東京都中央区新川の日清製油本社ビル改築工事現場から埋蔵金(天保小判1900枚、同二朱金約78000枚)が発見された。 その額、何と、当時の金額で6000万円(今ならば、その10倍以上)。 この埋蔵金は、九代目・清兵衛が埋めたものと判明し、その子孫に変換されたとか。
(注)紫藍瀬: 紫藍(キラン)草という植物があるそうだ。 文脈から袱紗の色と文様であると推測される。 もしかすると、ムラサキがかったアイ色で、瀬の波の様な布地のことか? ご存知の方があれば、ご教授願いたい。
(注)井戸の茶碗: 古典落語の演目で有名な高麗茶碗。
 

 社会に出て最初に与えられた仕事が、医学用語のシソーラス創りだった。 受験の為、偶々ラテン語を勉強し、大学でドイツ語を学んでいたのが、その理由だったようだ。 以降、長く医療システムに係る事になるのだが、医療関係者と付き合っていると、様々な場面に遭遇するものだ。 特に、医師という職業は、大変な職業である。 365日、常に医師であることを意識しなければならない。 それもあるのだろう、大抵の医師は強烈な自我の持ち主が多い。

 システム屋として接していると、時に、その強烈な自我に遭遇する。 新潟でも最大規模の病院から病歴管理システムの導入に関する相談があった。 院長にお会いして話を聞く。 医療システムに関して滔々と話される。 それが一時間以上も続いた。 システム屋の基本がユーザーの話を聞く事だと承知していても、もう辟易。 「先生、そこまで勉強しておられるのなら、システム屋は不要です」と云い、同行の営業に、「失礼しよう」と言った。  「ちょっと待ちたまえ」と言われ、さてどうしたものかと考えたが、仕事は仕事である。 そこで、自分の経験と知識から医療システム論をぶちまけたのである。 結果、システムを構築する事になったのだが。

 少々本題とは異なるが、忠告というものは、いくら誠意を以てしても、先ず相手を知っていなければならない。 当に孫子の「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」である。 会話でもそうだが、先ず聞き役に廻り、「始めは処女のごとく、終わりは脱兎の如し」で、言うべき事を言うのが最良の策だ。 酒を飲むと、この箍(タガ)が外れる。 心しなければならない。 自戒を込めて、今回の題目を考える次第である。 

Best regards
梶谷恭巨

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1947/05/18
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